めいっぱいやさぐれた気分で家に帰ると、
犬が目を覚まして飛びついてきた。
わうわうわうわうっっっ!!!!というその歓迎は直訳すると
『おかえりおかえりおかえりコラ、
どこほっつき歩いとんねん、あたしのこと放っといて
もっと撫でてろや、ほら、ただいまって可愛がれっつーの!』
ってトコロか(笑。
人間って、自分に向けられた打算無しの好意、というものが
本当に嬉しい生き物なのだと、つくづく思う。
ちぎれそうに尻尾振って飛び跳ねて迎えてくれる
この毛むくじゃらが、
この、全身から発散される私への感情が、
理屈を越えて、一気に心をふにゃふにゃにほぐす。
この感情のダイレクトな伝達は
一体何なんだろう?
人間は言葉を獲得して、こういうコミュニケーションを随分、
失ってしまったのだと思う。
愛情と好意は、出し惜しみせず素直に、
全身全霊で表現すること。
今年還暦(犬なので12年で。)を迎えた愛犬に教えられた夕べ也。
ポストの郵便物を取りに外へ出るといつの間にか、
雨が降り始めていた。
途端、胸いっぱいに滑り込んできた空気。
あぁ、いい匂い!!!!!
公園のクスノキと、松や檜の森の香りに
雨を吸い込んでゆっくりと発酵をはじめる落ち葉の匂い。
そして、今年最後の背伸びをしているそこら中の青草の
ハッカみたいな甘い香りと、雨の匂い。
何度も吸い込んで、身体の中から
余分なこわばりが一息ごとに抜かれてゆくような。
意地を張るなら、笑顔を押し通せよ私、と思った。
仏頂面で張る意地なんて、何の役にも立たないもの。
力の使い道を間違えちゃいけない。
その場にいない誰かの悪口を言う、というのは
ごくごく控えめに言っても人間としてどうよ?と思う
よろしくない行為なワケだけれども。
たまには許して・・・!
心がジャキジャキに荒れとって、
起こる事全てに腹が立つ、というのはもう、
健全な精神状態とは言い難い(苦笑。
ほんのちょっとだけ私の肩を持つような相づちを打ちながら、
仕方ないねぇ、と笑いながら愚痴を聞いてくれた友人に
こんな時は心から、ありがとうね、と思う。
あー、涙出そう(笑。
そんな風になりやすい季節なのだと、
バイオリズムってものがどうしてもあるのよ、と
体調や季節の波のせいにするのは簡単だけれど、
いい歳こいてそんな言い訳に甘んじる訳にはいかまい。
朝一番の鏡に映った、なかなか悪くない自分の笑顔を、
明日こそ何とか一日維持できるように。
こういう時は、形から入るのがいちばん効くの。
心と身体の、電磁誘導。
無理矢理にでも笑顔を作れれば、
少しだけ心も、それにつられて笑ってしまうから。
・・・よっしゃ、
行けっっっ(#゚Д゚)!!! (笑。
auther:高岡友紀
秋分から冬至にかけての
毎日少しずつ日が短くなっていく季節が
昔から本当に苦手で
いつもカレンダーを眺めては、ため息をついていたのだけれど。
気がつけば今年は、気付かないうちに
ひゅん、っと『秋分の日』が背中の後ろを通り過ぎていた。
なぁーんだ。大したコト、ないじゃん。
忙しい毎日の効用哉。
日記とは関係ないのだけれど。
掃除の途中でふと出てきたリーフレットに
ウィリアム・ブレイクの『無知の告白』が載っていた。
久しぶりに目にしたので、原文の覚え書き。
To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a wild Flower
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour
William Blake
Auguries of Innocence
目を開いてさえいれば
世界は美しいものに満ちあふれている、とは誰の言葉だっけ?
お彼岸も過ぎて、久々の真夏日。
彼岸花開花。
アートとか芸術とかいう言葉には
何故だか残念なことに
うさんくさいイメージが付属してしまっていて
(そんなふうに思うのは私だけ?でもないハズ。)
その言葉を使うことには少しだけ抵抗を感じるのだけれど。
あえて。
本当の芸術、あるいは魂の込もった本物の作品、というものには、
言語を越えた全方向的な情報を、一気に
見る人のうちに叩き込むパワーがあるのだと、
先日ある人の作品を目にして動けなかったから。
その人の全て。その作品に込められた全て。
普段、言語情報に頼りきって、あるいは
分かっていながらもついつい言葉の力を過信して
日々の生活・人との関わりをやりくりしている私には、
アタマの中を大嵐が一蹴して、全部吹き飛ばされたような。
その時間が過ぎた後には、しばしの空白。
『非・言語』の情報に
もっと真剣に意識を向けないと、と思ったの。
それは、意識の拡散と集中の両方を
いちどに働かせるような感覚。
身体がその感覚を憶えているうちに、反芻する。
・・・と、こういうことを文章にしようとすると
自分の言語能力の低さに愕然とします(笑。
本当にすぐれた文学作品は逆に、
非・言語の感覚をとても自然に読み手に伝えてくる。
達人たち、というのは本当に・・・(笑。